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伝統工芸

豊かな表情に誰もが思わず笑顔に。江戸時代中期に生まれた「江戸木目込人形」

「江戸木目込人形(えどきめこみにんぎょう)」は、1740年頃の京都で生まれ、江戸で独自に発展したといわれる伝統的工芸品。
丸みを帯びたフォルムや、微笑みをたたえた愛らしい表情は、見る者の心を和ませてくれます。
現代では、ひな人形や五月人形などの節句人形をはじめ、干支やキャラクターなど多彩な木目込人形が作られています。

発祥は京都・上賀茂神社。小さな木彫りの人形がルーツ

「木目込人形」とは、桐の木の粉に糊を混ぜた「桐塑(とうそ)」で作った型に筋彫りをし、溝に布地を木目込んだ(挟みながら着付けた)人形のことを指します。
「木目込む」は、もともとは「極め込む」と書き、「中に入るものが、入れ物に隙間なく、ぴったり合うように入れる」という意味の言葉。

歴史は古く、誕生したのは徳川八代将軍・吉宗が治めていた元文年間(1736~41)。一説によると、京都・上賀茂神社(かみがもじんじゃ)でお供え物を捧げる際などに使う柳筥(やなぎばこ)を作る際に使った柳の木片で、神官が小さな人形を作り、自身の衣裳の残り布を木目込んで人形遊びを楽しんでいたのがはじまりだといわれています。
当時は加茂川のほとりの柳の木が使われていたことから「加茂人形」や「加茂川人形」、「柳人形」などと呼ばれていましたが、いつしか「木目込人形」の名前で親しまれるようになりました。

やがて文化の中心が江戸に移ると、京都から多くの人形師が江戸に移り住み、木目込人形は「江戸風」に発達していきます。
さらに明治時代後期には、木彫りの銅に布を木目込む従来の作り方から、桐塑で型を作る現代の方法に変化したことで、大量生産が可能になり、さまざまな形の人形の製造が可能になりました。

昭和53年には「江戸木目込人形」の名称で国の「伝統的工芸品」に指定され、伝統的な技法を次の世代に継承するために、東京都産業労働局では以下の条件を満たしたものだけが「江戸木目込人形」と名乗ることができると示しています。

京都・上賀茂神社

西陣織などの生地を使用する

【伝統的な技術・技法】
・素地は桐塑とし、地塗り、切り出し等を行った後5回以上の上塗りをする。
・着付けは筋みぞにのりづけした後、木目込みをする。
・面相描き(めんそうがき)は面相筆を用いて行い、目入れ、まゆ、毛描き及び口紅入れをする。
・毛吹きはスガ整えの後スガ吹きをする。

【伝統的に使用されてきた原材料】
・桐塑に使用する用材は桐とする。
・素焼き頭に使用する粘土は白雲土(はくうんど)又はこれと同等の材質を有するものとする
・着付けに使用する生地は絹織物又はこれと同等の材質を有するものとする。
・髪に使用する糸は絹糸とする。

また、“江戸”という名称ですが、埼玉県も一大産地として知られ、県が指定する「埼玉県伝統的手工芸品」にも選ばれています。

多くの熟練職人によって、命が吹き込まれる

人形づくりは分業制。造形から着物の着せ付け、目や口を描き入れる「面相描き」、髪の植え付けなど、それぞれ専業の職人によって行われており、どの工程を欠いても美しい人形を仕上げることはできません。
人形本体だけでなく、小道具類もすべて専業の職人が手作業で作っているといいます。

ここでは、江戸木目込人形の作り方を、専門用語と併せてご紹介します。

1.原型づくり
粘土で人形の原型を作り、木わくの中に入れて樹脂などを流し込んで人形の型を取ります。この型を「かま」といい、原型の前半分と後ろ半分(あるいは前後)の2つを作ります。

2.かま詰め
かまに油を塗って胴体を抜きやすくし、桐の粉と「しょうふ糊(のり)」(小麦粉のデンプンで作った糊)を練った「桐塑」をかまに詰めて胴体を作ります。
前後のかまに桐塑を詰め終えたら、前後を合わせて一つの体にします。

3.ぬき
かまを押さえて上から軽くたたき、上半分のかまを外します。
はみ出た部分を竹べらで取り除き、下半分のかまを横にして胴体を取り出します。
こうして出来上がった胴体を「ぬき」といいます。

4.生地づくり
ぬきはしっかり乾燥させた後、胴体に生じた凹凸やひび割れを、竹べらを使って桐塑で捕捉し、やすりできれいに補修して仕上げます。

5.胡粉(ごふん)ぬり
胡粉(貝殻の粉末を焼いて作った白色の顔料)を膠(にかわ)で練って湯に溶かし、胴体に塗ります。
この工程によって生地が引きしまり、崩れやすさを防ぎます。

6.筋彫り
胡粉が十分に乾いたら、彫刻刀を使って布を木目込むための溝を彫ります。
筋彫りの工程は人形の仕上がりの良し悪しに大きく影響するため、一定の幅と深さになるように丁寧に彫っていきます。

7.木目込み
筋に糊を入れ、型紙に合わせて切った布地を、目打ちや木目込みべらを使ってしっかりと木目込みます。

8.彩色
胡粉と膠を混ぜた「置上げ」を筆で盛り上げて輪郭を作ります。
漆(うるし)を塗り、乾かないうちに純金箔をのせ、内側に彩色を施します。

9.頭づくり
顔と後頭部に分けた2つのかまを作って油を塗り、胴体よりも細かい粒子の桐塑を詰めていきます。胴体と同様に中心部は空洞にし、十分に乾燥させた「ぬき」にやすりをかけて補修します。

8.頭の胡粉塗り
まずは地塗りをして乾燥させ、「置上げ」を付けて鼻や口を盛り上げます。さらに乾燥させ、切り出し小刀で削って形を整えます。
次に中塗りを行います。地塗りよりも濃い胡粉を頭全体にかけて形を整え乾燥させます。
水で湿らせた布で拭いてムラをなくし、置上げした部分を丁寧に削って微妙な表情を作っていきます。
続いて上塗りを行います。上塗り用の胡粉を漉して沈殿させ、上澄みを刷毛で7~10回、むらにならないよう丁寧に、かつ手早く塗っていきます。

9.面相(めんそう)描き
ごく細い面相筆を使って、目や唇などを描き込んでいきます。
人形は「顔が命」といわれ、最も重要な工程のひとつです。

10.毛彫り
髪の毛を植え込む部分の溝を彫ります。

11.毛吹き
黒く染めた絹糸を櫛でとかして先を切り揃え、糊づけします。毛彫りした溝に、髪の毛の短い部分から目打ちを使って植え込んでいきます。

12.取付
胴体にバランスを観ながら頭や、別に作っておいた手、小道具を取り付け、髪の毛を櫛で整えて仕上げます。

現代では、海外を中心にアート作品としても注目

使用する素材や製法、製造工程には厳しい条件が定められている「江戸木目込人形」ですが、一方で、形状や表情は規定が設けられていません。
粘土の造形次第で自由に表現できるため、同じ「ひな人形」でも立ち姿のものもあれば、中には五人囃子がユニークなポーズを取っているものもあったりと、個性豊かな人形が生み出されています。

「江戸木目込人形」ならではの魅力を付け加えると、一般的にコンパクトなサイズのものが多く、場所を選ばずに飾ることが可能なこと。
また、他の素材よりも軽量で持ち運びがしやすく、本体にしっかりと布地を木目込んでいることから型崩れがしづらい点も魅力の一つといえるでしょう。
最近では、カラフルな「招き猫」や、人気キャラクターをモチーフにした木目込人形、木目込みの技術を活かした雑貨なども作られていて、海外では「Cool」なアート作品として人気が広まっているのだとか。
節句人形だけでなく、お気に入りの一体を見つけて、インテリアとして取り入れてみてはいかがでしょうか。

まとめ

古来より日本では、子どもの健やかな成長祈って人形を贈る風習がありました。
「ひな人形」や「五月人形」には子どもを守り、身代わりとして厄を引き受ける形代(かたしろ)の役割もあったのだとか。
子どもたちの健康を願って節句人形を贈るのはもちろん、大切な人の幸せを願って「招き猫」など縁起物を象った江戸木目込人形を贈るのも素敵ですね。