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伝統工芸

平安貴族も愛した、雅なる京扇子の魅力

日本が誇る伝統的工芸品のひとつである「扇子(せんす)」。
もともとは扇いで風を起こすことから、動詞の「あふぐ(あおぐ/扇ぐ)」が変形して「あふぎ(おうぎ/扇)」と呼ばれていましたが、現在は「扇子」の名称でも親しまれています。
中でも、原料の生産から仕上げまですべての工程を、京都を中心とした地域で作られたものは「京扇子(きょうせんす)」と呼ばれ、その華やかさや繊細な技術、日本らしいデザインなどが海外からも高く評価されています。

平安時代の京都で生まれ、世界に広まった京扇子

扇の歴史は古く、平安時代初期(紀元8世紀頃)にまで遡ります。
当時貴重だった紙の代わりに、記録用紙として用いられていた「木簡(もっかん)」と呼ばれる薄い木の板を綴じ合わせたものが始まりだといわれ、主に桧(ヒノキ)材が使われていたことから「桧扇(ひおうぎ)」と呼ばれました。形状が洗練され、その後、扇面にはさまざまな絵柄が描かれるようになり、宮中に仕える女性たちの間で広まりました。
京都・東寺(とうじ)の千手観音像の腕の中から発見された、「元慶元年(877年)」と記された桧扇が現存する最古の扇だとされています。

やがて、竹と紙を素材に用いた「紙扇」が誕生し、13世紀頃には中国へ輸出されました。さらにシルクロードを経てヨーロッパへと伝えられ、西洋風の扇が誕生します。象牙やべっ甲、絹、孔雀の羽などで作られた華やかな扇は中世の貴族たちの間で大流行したのだとか。クロード・モネやピエール=オーギュスト・ルノワール、グスタフ・クリムトなど、多くの画家が扇子を持つ女性を描いた作品を残しています。
その後、西洋の扇は日本へ逆輸入され、「絹扇(きぬせん)」が生まれました。

こうして平安京(京都の中心地)で作られ、広まっていったことから、後に「京扇子」と呼ばれるようになったのです。
ただし、現在「京扇子」を名乗れるのは、京都扇子団扇商工協同組合に加盟する組合員が、京都を中心に国内で生産された素材で作った扇のみ。
伝統と技術を受け継ぎ、高い技術を持つ職人たちによって作られた「京扇子」は機能性にも優れており、しなやかに手になじみます。

80以上にも及ぶ工程を経て、ようやく完成する「京扇子」

京扇子の製造工程は約87にも及び、それぞれの工程には高い技術を要するといわれています。そのため、分業制で作られており、各工程では熟練職人が手作業で制作に取り組んでいます。
ここでは大きく5つの工程に分けてご紹介します。

1.扇骨加工(せんこつかこう)
「扇骨」とは、扇子の土台になる部分のこと。外側の扇骨を「親骨(おやぼね)」、内側の扇骨を「中骨(なかぼね)」と呼びます。
竹の胴を扇子のサイズに合わせて切断し、薄く削った後、「要(かなめ)」を通すための穴を開けます。
「要」とは数10本に及ぶ扇骨がバラバラにならないように束ねるためのもので、要を固定する「要打ち」は重要な工程の一つとされています。

2.地紙加工(じがみかこう)

「地紙」とは、扇子に用いる紙を指します。
「芯紙(しんがみ)」といわれる薄い和紙を、「皮紙(ひし)」で挟んで貼り合わせ、扇の形に切り抜きます。

3.加飾(かしょく)

切り抜いた紙に絵師が一枚一枚絵付けをしていきます。
糊を引いた上に金箔を押す「箔押し」や、木版画刷りなどさまざまな技法が用いて装飾します。

4.折り加工

2枚の折型(おりがた)で加飾した地紙を挟み、手前から順に折り目を付けていきます。
この工程で、扇骨を差し込むための道を通します。

5.仕上げ加工

折り目をつけた紙の中骨が通る部分に、息を吹き込んで隙間を作り、糊を引いた中骨を素早く差し込んで接着します。
扇骨の数が多いほど隙間が狭くなるため、熟練の技が必要な工程とされています。
親骨の形を整え、紙を貼って乾燥させると京扇子の完成です。

素材や用途もさまざまな京扇子の種類

ひと言で「京扇子」といっても、暑さをしのぐために扇いで風を起こすものから儀式の際に用いるものまでさまざま。
ここでは代表的な京扇子の種類をご紹介します。

檜扇
先ほどもご紹介したように、薄く削ったヒノキの板を重ねて綴じ合わせた扇のこと。現在は装飾用や、特別な儀式の際などに用いられることが多いようです。

白檀扇(びゃくだんせん)
扇骨に香木「白檀」を使用した扇。扇骨に透かし彫りをしたり、扇面に華やかな絵付けを施されているものが多く、そっと扇ぐと白檀の上品な香りが楽しめます。

蝙幅扇(かわほりせん)
檜扇に続いて誕生した紙扇のひとつ。
竹で扇骨を作り、片面のみに地紙を貼って仕上げたもので、開いた形が蝙蝠(こうもり)が羽を広げた姿に似ていることから名づけられたといわれています。
主に装飾用として用いられています。

舞扇(まいおうぎ)
日本舞踊や歌舞伎など、伝統芸能や舞踊の際に持つ紙扇のこと。
舞踊の演出で扇を投げたり、要の部分を挟んで回転させる「要返し」などの仕草が行いやすいよう、要に近い場所におもりが付けられています。

能扇(のうおうぎ)
能や狂言の舞台に用いる紙扇のことで、室町時代以降に発展しました。
扇骨、図柄には流派によって伝統的な決まりごとが設けられています。

茶扇(ちゃせん)
茶道の場で用いる紙扇のこと。
扇ぐためのものではなく、茶道ではご挨拶をする時に自分の手前に扇を置き、結界を作ります。
流派にもよりますが男性用六寸(約18㎝)、女性用五寸(約15cm)のものが一般的です。

祝儀扇(しゅうぎせん)
お祝いの席で使う礼装用の扇。末広がりの形状は縁起が良いとして古くから用いられてきました。
男性用は竹製の骨に白の地紙とシンプルなもの、女性用は黒塗りの骨に金や銀の地紙を合わせたものがよく見られます。

有職扇(ゆうそくせん)
宮中や神社仏閣で儀式の際などに用いられる紙扇を指します。

絹扇(きぬおうぎ)
日本で生まれた扇子が逆輸入され、さらに国内で発展し、紙の代わりに絹をはじめ布を貼った扇が生み出されました。
紙扇よりも軽量で、涼やかな印象を与えます。

玉虫 龍

鳥羽絵

まとめ

「用と美」を兼ね備えた京扇子は、暑い日に風を起こすだけでなく、日本では縁起が良いとされる“末広がり”の形状や華やかなデザインから、慶事の贈り物や、玄関などの装飾にも用いられてきました。
中には職人が手描きでさまざまな絵柄をデザインした芸術性の高いものや、白檀(びゃくだん)や沈香(じんこう)、伽羅(きゃら)などで香りを付け、扇ぐたびに華やかな香りが漂うものも。
また、折りたたむとコンパクトになるのも魅力のひとつです。
和装はもちろんカジュアルな洋装にも不思議とマッチしますので、おしゃれな人へのギフトにもおすすめです。