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錫の器で夏を楽しむ

控えめながらも、やわらかく美しい銀色の輝きを放つ金属「錫(すず)」。
その歴史は古く、紀元前から広く知られ、かつては金や銀に並ぶ貴重品だったのだとか。
日本でも中に入れた水や酒がまろやかになるとして、古くから酒器や茶器として親しまれてきた他、現代では花器やカトラリー類といった小物類など、さまざまなアイテムが作られています。
今回はそんな「錫」の日本における歴史や、特徴について紐解きます。

古くから愛されてきた錫。

奈良の正倉院には錫製の宝物が所蔵されている。

錫は天然原料ではなく、「錫石(すずいし)」という鉱物から精錬された金属です。
古代から世界各地では青銅器の原料として用いられていて、かつては日本でも盛んに採掘されていました。

日本に伝来した時期については諸説ありますが、最も古い歴史では6~7世紀頃といわれ、古墳の副葬品として錫製の首飾りや腕輪などが出土していることから、装飾品や工芸品として使われていたと考えられています。また、飛鳥・奈良時代にはうつわとして活用されていたと考えられていて、奈良の正倉院には錫製の薬壷や水瓶など数点が宝物として保存されています。
かつて錫器は金、銀に並ぶ高級品であり、宮中で用いられる酒器や茶器、神社の新酒徳利や榊立(さかきたて)など神具に使われていました。現在も御神酒(おみき)を注ぐ徳利は「すず」と呼ばれ、宮中ではお酒を「おすず」と呼ぶ習慣があるといいます。
庶民の生活にも取り入れられるようになったのは江戸時代後期以降。中でも大阪は一大産地として栄え、大正から昭和初期にかけては大勢の錫師と呼ばれる職人が活躍したといわれています。
やがて第二次世界大戦が始まると、軍需統制によって錫の入手が困難になり、さらに多くの職人が召集されたことで、生産は縮小せざるを得ませんでした。
しかし、今なお各地で錫器の技術や技法は伝承され、昭和58(1983年)年には「大阪浪華錫器(おおさかなにわすずき)」が伝統的工芸品に指定・承認されています。

中に入れた水が美味しくなることに加え、安全性の高さも魅力

錫の最大の特徴は、他の金属と比べてやわらかく、割れないこと。純度100%の錫は、手で自由自在に曲げることができ、一部ではこの特性を生かした製品も作られています。
金属の中でも非常に特殊で、空気中でも水中でも錆びにくく、科学的に解明されてはいないものの、中に入れた液体の不純物を吸収し、味をまろやかにする効果があるといわれています。
無害で金属臭がないことも、古くから酒器や茶器として親しまれてきた理由だと考えられるでしょう。
また、抗菌性があることから、錫に入れた水は腐りにくいとして錫製の花器に活けた花は長持ちするともいわれています。

「伝統的工芸品に指定されている」と聞くと、お手入れ方法が難しいのではと思われるかもしれませんが、比較的簡単です。
注意点としては、酸性、アルカリ性に弱く、やわらかく傷つきやすいため、使用後はやわらかいスポンジで、中性洗剤でやさしく洗うこと。
光沢が鈍くなった時は、水で溶いた重曹で磨くと、錫独特のやさしい銀色が蘇ります。
また、融点が約270℃と低いため、火気の近くに置かない&直火での利用を避けることと、極低温で変質するおそれがあるため、冷凍室での保管は避けた方が良いでしょう。

やわらかさを生かし、さまざまな技法が用いられる

工房や作り手によって製法・技法は異なりますが、錫器の製造方法は、大きく「鋳込み(鋳造)」、「挽きもの(ろくろ挽き)」、「打ちもの(鍛金)」の3つに分けられます。

「鋳込み」では、液状に溶かした錫を、柄杓を使ってセメントや砂、金属で作られた型(鋳型)に流し込んで成形します。
鋳型の温度が低いと錫がすぐに固まってしまうため、適切な温度に保つために細心の注意を払います。
型に流し込んだ錫が冷めたら、傷がつかないようそっと取りはずし、成形する際にできた突起物(バリ)を削り取ります。

「挽きもの」は鋳込みで成形した錫をろくろに取り付け、カンナなどで削り出す方法です。
茶筒のように筒口と蓋を合わせるものや、急須など一つの方で鋳込みができないものは上下に分けて作った部品を、接合して仕上げます(焼き合わせ)。
急須の持ち手や注ぎ口などの細かいパーツは、錫よりも低い温度で溶ける金属(ロウ材)を接着剤にして接合します(ロウ付け)。
表面は研磨による鏡面仕上げの他、鎚で表面を叩いて模様を付ける「ツチメ」、絵付けや着色によって華やかに仕上げる技法もあります。

「打ちもの(鍛金)」は鋳込みで板状に成形した錫を木槌や金鎚で打ち起こし、手作業で立体的に仕上げる技法です。
さまざまな木槌や金鎚を使い分け、表面を叩く(ツチメを施す)ことで、表面に模様のような独特な凹凸が生まれます。

やわらかく傷つきやすい性質ゆえ、どの製法・技法にしても他の金属以上に加工が難しく、高い技術を要するという錫器。
わずかな角度や力加減の違いが仕上がりに影響するため、職人たちはどの工程にも気を抜けないといいます。

まとめ

錫は熱伝導率が良いのも特徴で、冷たいお酒を注げばうつわ全体が冷え、長い時間温度を保ったまま。さらに口当たりがまろやかになり、いつものお酒も特別な味わいになります。
今年の夏は、錫製の酒器で冷酒を楽しんでみてはいかがでしょうか。