酒造りの最高責任者「杜氏(とうじ)」。
杜氏の仕事は、酒の製造や貯蔵、品質管理といった酒造りの工程から、酒蔵で働く「蔵人(くらびと)」たちの技術指導やマネジメントに至るまで多岐に渡ります。
今回は、そんな「杜氏」の仕事を紐解いてみましょう。
江戸時代から300年以上伝承される「杜氏」
諸説ありますが、杜氏の語源は「刀自(とじ)」だといわれています。
「刀自」とは家事を担う女性を表す古い言葉で、古代、酒造りは女性の仕事だったことに由来すると考えられています。
時代の流れと共に酒造りには重労働が伴うようになり、作り手は男性に変わりましたが、読み方だけが残り、「杜氏(とうじ)」と呼ばれるようになったのだとか。
現在の「杜氏制度」が誕生したのは江戸時代です。
その頃の杜氏といえば、季節労働者。各地の農村、漁村で働く人々が、農閑期・漁閑期の間に収入を得るために、出稼ぎで“副業”として行っていた仕事でした。
元々、酒造りは一年を通して行われていましたが、江戸幕府が米価を安定させるために「寒造り令」を発令したのを機に、日本酒は冬の間に仕込む「寒造り」が主流になります。それに合わせて、春から秋まで田畑を耕していた農業従事者らが、冬から春にかけて蔵元に住み込みで酒造りに携わる働き方が定着したのです。こうして各地に、「杜氏」を中心とした酒造りのプロフェッショナルである“杜氏集団”が誕生しました。
冬の間の出稼ぎから始まった杜氏集団。日本を代表する「三大杜氏」とは
現在も全国各地には約30の杜氏集団があり、それぞれ独自に酒造りの技術や流儀を伝承しています。
中でも代表的な岩手県の「南部(なんぶ)杜氏」、新潟県の「越後(えちご)杜氏」、兵庫県の「丹波(たんば)杜氏」は“三大杜氏”と呼ばれています。
・南部杜氏
岩手県花巻市石鳥谷町(いしどりやちょう)で発祥した、全国最大の規模を誇る杜氏集団。
鎌倉時代頃から酒造りを行っており、南部地域の米や水、気候に合った酒を開発してきました。
濃醇で甘口な味わいの酒を造るとして知られています。
・越後杜氏
新潟県発祥。杜氏の出身地によって「頸城(くびき)杜氏」(現在の上越市など)、「刈羽(かりわ)杜氏」(現在の柏崎市など)、「三島越路(さんとうこしじ)杜氏」(長岡市越路地域)、「三島野積(さんとうのづみ)杜氏」(長岡市寺泊地域)に分かれています。
越後杜氏が造る酒は、“新潟らしい酒”とも表現される淡麗辛口が特徴的です。
・丹波杜氏
兵庫県篠山(ささやま)市で発祥。宝歴5年(1755)に庄部右衛門が池田「大和屋本店」で杜氏として酒造りに携わったことが起源といわれています。
灘や伊丹で銘酒を手がけた他、地方へ渡って酒造りの技術を伝承してきました。
丹波杜氏が手がける酒は、しっかりとした旨み、キレのある味わいが特徴といわれています。
この他、石川県能登半島の「能登杜氏」を合わせて“4大杜氏”と呼ぶことも。
能登杜氏の手がける酒はお米本来の味わいが楽しめる、華やかな味わいが特徴的です。
杜氏はいわば、酒造りに携わる人々を取りまとめる「総監督」
原料の選別や精米をはじめ、酒の製造や品質管理だけでなく、帳簿管理などの事務作業、共に働く蔵人たちの管理やマネジメントに至るまで、酒造りにかかわる「すべての工程」が杜氏の仕事です。
そのため、酒造りの知識や技術はもちろんのこと、様々な役割を担う蔵人たちを束ね、一丸となって美味しい酒造りに取り組むためには、高いコミュニケーション力や統率力も必要だといわれています。
スポーツやオーケストラでは「監督・指揮者が代わるとチームが変わる」と言われますが、酒造りにおいては「杜氏が代われば、酒の味も変わる」と言われます。それほど杜氏の存在は重要であり、酒造りのすべての工程において杜氏の技術や経験が生かされているのです。
時代と共に杜氏の働き方は多様化しており、以前の「季節労働」から、蔵元に社員として雇用される「社員杜氏」、酒造りのオーナーである蔵元が自ら杜氏を兼任する「蔵元杜氏」も見られるようになりました。
新たに福島の「会津杜氏」、栃木の「下野(しもつけ)杜氏」、富山の「富山杜氏」が誕生している他、女性の杜氏や、若い世代、異業種から転職した杜氏たちも活躍しています。
後継者不足、原料の高騰など、様々な課題と向き合いながらも、現在も尾多くの杜氏や蔵人たちが、美味しいお酒を届けるべく、酒造りに取り組んでいます。
まとめ
江戸時代から300年以上続く「杜氏」の仕事をご紹介しました。
ところで、酒造りの期間中、杜氏や蔵人たちは「納豆を食べてはいけない」こともよく知られています。これは納豆菌の繁殖力が非常に強いため、酒造りに欠かせない麹菌に悪影響を及ぼしてしまうため。同じ理由から、ヨーグルトやチーズ、漬物、キムチなど乳酸発酵食品も控えているといいます。
酒蔵見学に行く前は、乳酸発酵食品を食べないように気をつけてくださいね。